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我が家のワンコのことなど

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私って、
みんなに「ストレスは無いよね」って言われる。
そう見えるんだろうな。きっと。
複雑な心境
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私がストレスに感じていることは、
本当はストレスじゃないのか?

ストレスって、、何??
wikiに依れば
"ストレスとは、生物学的には何らかの刺激によって生体に生じた歪みの状態を意味している。元々は材料力学上の言葉で例えばスプリングを引き伸ばしたり、ゴム球を押し縮めたりした時にその物質の内部に生じた応力の事を言う。"
らしい。
心の歪みの状態、、ってことか?

何かが起こる。
起こった事実を変えることは出来ないけど、それに対する「解釈」を変えることは出来る。
例えば、
好きになった人に告白をする。
そうしたら、その人には彼女がいるってことが判明した。
「彼女がいる」という事実は変えられないけど、それに対して「あ〜??あかんやん??」って思うのか、
「そーか。。。ライバルは1人だな??」と思うのか。
そういうことらしい。
自分のストレスにならない解釈をしていくということなのかな。
つまり、ポジティブシンキング?
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by six210 | 2013-02-24 23:20 | Comments(0)
塩見通信 ~道(みち)~ Vol.4: 22.2.2013 from Las Vegas

近況
 日本でやりたいことが明確になるにつれ、早く日本に戻って次の挑戦を始めたいと思うようになった。そこでいつも通りに感じたままに、進路を西から東に変更し、シンガポールから一路真冬のBostonへ。そこからNY, Philadelphia, D.C., Las Vegasと移動を続け、これから最後の目的地San Franciscoへと向かうところである。半年以上も帰国予定を早め、訪問予定であった多くの国々を今回は諦めることになったが、新たな一歩を踏み出したことにとても興奮している。ネオンがきらめく不夜城Las Vegasより、夜遊びの代わりに塩見通信第4号をお送りします。

「なぜ自分が」
 僕はよく「なぜ自分が」と、自分の不運や不幸(と思っていたもの)を憎んでいた。生きてること自体が奇跡、有難い、そんなこと言われてもなんで自分ばっかり、、、自分ほど苦しんでいる奴なんていないと思っていた。周りの誰よりも自分が苦しんでいるとさえ思っていた。馬鹿でした。
 「もう選手としてフィールドに立つことは不可能」と執刀医から言われ、光の見えない中やみくもにトレーニングを続けていた。そんな折コーチから一人の鍼灸師を紹介していただいた。真っ暗闇の中で見えた一筋の光、そんな表現がぴったりだった。
 鍼灸師から言われたことはとても信じ難かった。「怪我してると思うから痛いんだよ。」目からうろことコンタクトレンズがこぼれ落ちた。たとえその箇所になんらかの異常があるとしても、そんなの身体全体の1%にもならない。たかが1%でプレーできないなんてありえない。気にせずプレーしなさい。サポーターなんてしてると、自分の身体が勝手に怪我してるんだと思い込んでしまう。君の身体はそのままで完全だ。このようなことを言われた。それから2年以上僕はプレーを続けることができた。今でもできる。
 僕にとって恩人とも言えるその先生はいつも、「自分に起こることで無意味なものなんて何もない。」とおっしゃる。全てが自分のためだと。誰もが言う言葉だが、僕は先生にそう言われて初めてそれが腑に落ちた。というよりも、そう思えるようになった。時間はかかったが。
 そう思えるようになってから僕は生きることが楽しくなったように思う。受け入れる。赦す。「楽しい」と字を同じくして、生きるのが楽になったも言えるかもしれない。初めてこの世に生を受けたことに感謝できた。
 ここで本題に入りたい。先日、D.C.にある国立ホロコースト記念博物館に行ってきた。ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害に関するものである。それだけでなくルワンダでのフツ族・ツチ族の対立、そして迫害。その他人種、宗教、国籍、民族、などなど世界は差別が溢れ返っている。
 彼らは、彼女達は何を思っただろうか。区別でなく差別を受ける人間達にも、先生は同じ言葉を吐くのだろうか。この場合でも同じなのだろうか。
 実は第二次世界大戦の際、日本人(正しくは日系米人)もアメリカにおいて人種差別を受けている。アメリカで生まれ、アメリカで育ち、アメリカのために戦おうとしていた日系人達が、真珠湾攻撃を機に土地を追われ、財産を奪われ、強制収用された。その数は当時の日系人の約90%に上る。実際に第40代米大統領ロナルド=レーガンもそこに差別があったことを認め、D.C.には”Memorial to Japanese-American Patriotism in World War II”という記念碑が存在する。しかしどこの地図にも日系人の慰霊碑は表示されていない。観光案内用の地図にも、路上の地図にも。同じ規模の朝鮮戦争やベトナム戦争の慰霊碑はどこでも表示を発見できるのに。もちろんそれは米系米人が死んでいるからだろう。そんな差別を受けた日系人達に対しても先生の考えは変わらないのだろうか。
 僕は自分が「塩見家だから」という理由で差別を受けるような状態を想定すると、とても自分にとって無駄なことなんてないと考える自信はない。想定できないから難しいが、受け入れる自信はない。
 しかしネルソン=マンデラは赦した。自分を刑務所にぶち込んだ白人を赦し、一つの統合国家を作った。たぶん先生も同じなんだろうなと思う。意味のないものはないのだろう。彼らに「なぜ自分が」はないのだろう。そこから生まれるものは憎しみや怒りといった負のエネルギーであり、前進はあり得ないことを知っているのだろう。
 と、ふと思いました。もう帰国なので、先生に直接お話伺いに行きたいと思います。

感想、反論、意見、なんでもよろしくお願いします。 塩見典大(しおみのりひろ): shiomi_nori@yahoo.com
 
 

 
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by six210 | 2013-02-23 12:48 | Comments(0)
2号機が、QueensTownからpainterのサイン入り油絵を送ってくれました。
私達のBDと32回目の結婚記念日のお祝いに、、って。

素晴らしいNZの風景画です。
絵も嬉しい♬
気持ちがもっと嬉しい♬♬
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by six210 | 2013-02-20 23:40 | Comments(0)
先週の土曜日、
宇治のM子ちゃんと三田へいきました。

用事が終わった後、
バージョンアップしたという小山ワールドへ。
私は、イマイチ興味が持てなかったんだけど(^^;;
M子ちゃんの素晴らしいプレゼンのお陰でRozillaなる小山進氏の新境地へ行くことが出来ました!
写真を撮り損ねたのが残念ですが、
本当に、新しくて不思議で楽しい
"理想郷"でした。
Chocolateだけを売っている建物。
それも、普通のチョコなんか無くて、
「ふきのとう」だったり「酒粕」だったり、、。
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冊子をもらって来ました。
これを読めば、
小山氏の想いが伝わってくる。

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なんの世界にも 超一流はいるわけで。
Rozillaは色んな世界の素晴らしい技術の集合体ではないかと思いました♬
また、行こう。
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by six210 | 2013-02-19 20:26 | Comments(0)
塩見通信 ~道(みち)~ Vol.3: 9.2.2013 from Singapore

近況
 自然に満ち溢れたNZから飛行機で11時間、経済成長著しい人種の坩堝シンガポールへと降り立った。船が乗っている高級ホテルとマーライオンくらいしか予備知識がなかったが、そこは人種の坩堝。行けば楽しいこと、興奮すること盛り沢山間違いなし。。。のはずだったが、わずか半日で飽きてしまった。圧倒的な自然や歴史の深い遺跡などに心を躍らせる僕には、この国は近代的過ぎるのかもしれない。かと言ってヨーロッパのような新鮮な感動もなく、、、。むしろシンガポールの政治経済システムに興味が湧き、それらを調べるのに時間を費やしている感は否めない。そんなシンガポールから塩見通信vol.3をお送りします。

「生(せい)と命(いのち)」
 先日特攻隊隊員、荒木幸雄さんの写真に改めて触れる機会があった。かつて知覧特攻平和会館を訪れた際にも目にし、僕を釘付けにした写真である。それは特攻2時間前(実際には特攻は翌日に延期)に撮られたものであるが、「死」を目前にした若者達の笑顔と、本土に残りまだ「生」きることができる子犬とのアンバランスがなぜか僕を惹きつけた。彼らは日本国のため、大命を背負って出撃した。それはなにかが少し違えば僕だったかもしれない。なぜ彼は出撃しなければならなかったのか。なぜ彼だったのか。
 大阪の高校生が体罰を理由として自殺した。部活動における体罰に対しては賛否両論があるかと思うが、人が死ぬというのは異常事態であると考える。これから、という高校男児の息子を亡くしたご両親のことを考えると、やりきれない思いになる。これも何かが少し違えば自分だったかもしれない。なぜ彼だったのか。
 実は去年の夏に後輩を一人失った。かけがえのない経験を共有した、熱いものを持った人間だった。常に妥協せず、自分にも他人にも厳しく、、、尊敬できる奴だった、、、その人間を形容する時、そのような言葉を吐く人間が多い。確かにそうだったが、あいつは常に生の本音で正面から向かってくる奴だった。立場度外視、建前ファック、生の本音、はいドンッ!って感じの奴だった。いい奴だった。そんな奴が人生を賭して挑んでいた闘いの舞台から突如としておろされた。なぜ。なぜ今、なぜあいつ。
 
 当たり前の生などないといくら説かれても、そう思おうとしても、人間(特に僕のような若者)は横着なもので、すぐに生の享受に対する感謝を忘れてしまう。僕も、人間死ぬ時は死ぬやろ、とそれ以上の思考を巡らせたことがなかった。しかし彼の死は改めて「生命」について考えるきっかけを僕に与えてくれた。
 考えた結果得られたものは単純明快だ。第一に絶対に親よりも先に死なない。第二に本気で生きる。
 初めに、自分の生を考える上で絶対に逆らってはならないのは親だと思い至った。子に対する親の無条件の愛。僕が今生きている原点、文字通り、原点。そんな両親に対する最大の親不孝はやはり、先に逝ってしまうことだと改めて認識した。海外を放浪している最中であり死というものが普段よりも少し近い存在となったためであるが、基本的には自分の意見を第一にしてても、生死が関わるものに関してはもはや問答無用で親の意見に頭を下げるしかない。しかし一方で、人間にはそれを無視してでもやらなくてはならないことがあると思う。そんな時は両親が理解してくれることを願う。
 第二に本気で生きる。かつて「お前は何をするために生きているのか」と問われたことがある。一見哲学的、抽象的に見える質問だが、この質問に対する自分なりの解を持っていない人間は不幸だと思う。人生という極めて不確かな時間を生きる中で、その時その時の自分の解を持つことができない人間は、同時に人生に対して熱を持つことさえできない。人生冒険。どれだけ自分が興奮する人生を送れるか、それを決めるのは自分次第。信長のように濃く、死に際に舞える様なそんな熱い毎日を送ってこそ、自分は生きている、命を燃やして生きている、と言えるのではなかろうか。そうでなくては自分自身の命に対して失礼だと思う。

 いざ文字にしてしまうと「そんなん分かっとうわ」と言いたくなるような結論に行き着いてしまった。しかし改めてそのような概念に対して思索をめぐらすことは、なかなかに刺激的であったと感じる。一人一人が死ぬほどに燃えて生き、自発的な挑戦を続けることによってのみ、日本の再興は実現可能なのではないだろうか。というハイエクにも触発される。皆さんも一度考えてみてください、命(いのち)。新たな気付きがあるやもしれません。

感想、反論、意見、なんでもよろしくお願いします。 塩見典大(しおみのりひろ): HYPERLINK "mailto:shiomi_nori@yahoo.com"shiomi_nori@yahoo.com



 写真中央にて子犬を抱くのが荒木幸雄隊員。犬はその直前に迷い込んできたものであり、彼らの犬ではないようである。そんな不意に訪れた生々しい生であったからこそ、この写真は一層に人を惹きつけるのではないだろうかと思う。
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by SIX210 | 2013-02-10 16:51 | Comments(0)
塩見通信 ~道(みち)~ Vol.2: 31.1.2013 from Queenstown

近況
 約半年間滞在したシドニーを後にし、NZはQueenstownという地に降り立った。女王が住むに相応しい地としてこの名前がつけられたという。確かに周りは壮大華麗な自然に満ち溢れ、この地には環境破壊という言葉が存在しないのでは、と思わせるほど。何をするにもお金がかかる点が少し厄介ではあるが、半年間シドニーで働き続けた自分へのご褒美だと、この自然の世界を堪能させていただいている。次はシンガポールに飛ぶ予定である。

「やらずに後悔よりもやって後悔」
 この言葉を知らない人間はもはやいないのではないだろうか。特に誰かへの助言の際によく用いられるような気がする。例としては「迷ってるくらいならやってみろ!やらずに後悔よりもやって後悔やぞ。」と言った具合だろうか。旅路において様々な経営者、そして夢を追う熱い人間達と言葉を交わす中で、この言葉を地で行っている人間は少ないのではないかと思うようになった。
 僕は大学時代にスポーツをしており、自分の調子がいい時は「思いついたら全部やれ。思ったことは口にしろ。プラスかマイナスかなんて後付や、変化を求めよう。」と豪語し、なんでも勢いをもってやっていた。しかしいざ勝負の時を迎え逆境に立たされると、「自分はどうあるべきなのか、なにをすべきなのか、なにが正解なのか」そのような思考に囚われ、何も感じれなくなり、何も行動を起こさなくなった。自己防衛ならぬ自己正当化を必死に繰り返し、周りの助言にも耳を貸さなかった。いや、貸すことができなかったと言った方が正しいか。まさに「貧して鈍した」のである。その結果は容易に想像がつく。なんの変化もなく、時間の流れという自然の摂理に自分の運命、そしてチームの運命を任せてしまった。
 現役選手を引退した後も、学生コーチという身分でさらに1年間チームに帯同させていただいた。自分が味わったものと全く同じ苦境に立たされている選手達に僕が吐いた言葉は、上記の台詞だった。そしてその時初めて、自分はこれを人生において実行できていないと感じるに至った。かっこ悪かったし惨めだった。そして「人生に正解などない」ということがやっと腑に落ち、ならば自分が感じた方に生き続けよう、自分の心が揺らいだ方をチョイスし続けよう、そうすれば死ぬ時に自分は後悔しないんじゃないか、という考えに至ったわけである。
 そうは言っても、、、。人生を知らない若造が、、、。といった言葉が聞こえてきそうだが、そんなことは関係ない。これは自分に与えられた一度きりの人生。自分が生きたいと思い描く、「これがオレだ」と胸を張れるような一生を、悔いなく生きたいと思う。そして人間はそう生きるべきだと思う。少なくとも僕の恩師はそう教えてくれたような気がしている。
 迷ったら行動。ガンガンにエンジン回して挑戦して、あらゆるにものに向かって生(行)きたい。
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by SIX210 | 2013-02-10 16:48 | etc | Comments(0)
典大が海外から発信している「道」

Wordファイルで送られてくるので、
このBlogにうまく貼れません。
とりあえず原文コピーの形で載せることにします。




塩見通信 ~道(みち)~ Vol.1: 25.1.2013 from Sydney

はじめに
 この連載は旭高校野球部部長である見戸健一先生からの提案を受け、旅先での経験や出来事、そしてそこから得た想いなどを書き残し伝えるためのものである。

旅の背景
 幼き頃から世界バックパッカー旅行への憧れを抱いていたものの、大学での一浪一留に加え、希望進路である法科大学院進学のための院浪が決定している。「旅がしたい」などとても親には言えないと思い卒業試験への勉強に精を出していたある日の昼下がり、事は起こった。母親と久々に会い、京大前進々堂にて食事をしていた際のこと。
「どうせこれから勉強漬けなんやし、行くなら今やろ。ずっと行きたいって言ってたやん。」
この一言が lit a fire under my ass(ケツに火をつけた)。バイトの給料に加え様々な方々からの援助によって資金を集め、旅に出た。

英語
 旅に出て最初に痛感したのが英語の壁である。もともと英語はどっちかっていうと得意であると思っていたし、外国人に話しかけるのも話しかけられるのにも抵抗がない人間であった。しかし韓国から中国は大連にフェリーで渡り、ゲストハウスにてニューヨークの金融マンDennisに出会った時のことである。彼は高校を卒業してから夜間の大学に通いつつ、昼間は銀行で働くというなかなかの兵。そして更なる高みを目指しStanford Business School を受験し、その合格祝いで東南アジアを旅しているとのことであった。彼とはすぐに意気投合し、お互いの国のこと、旅のこと、学生時代のことなど話は膨らむ、、、がしかし、言いたいことがちゃんと英語にならない、聞きたいことが納得いくまで聞き込めない。そんな自分にイライラする瞬間が多かった。また彼の視点は常に世界を見ていた。今でこそ変わりつつあるだろうが、日本はどうしても国内を第一に考える傾向があると思う。そんなことを考えているうちに、英語がどれほど自分の可能性を狭めているのかということを痛感した。そしてハーバードのロースクールに学ぶというただの夢物語が目標に変わった。英語を学びたいという想いは日に日に増した。
 今は誰もが英語の必要性を感じているのではなかろうか。就職を控える友達の中にも語学留学をする奴は多かった。どこにでも英語の勉強本が置いてあり、どこでも「これからは英語はマストですよ。」との声が聞かれる。僕は英語が苦手なため、英語が話せるようになることでいったい何が得するのかよくわからない。ただ僕の場合ハーバードのこともそうだが、純粋に海外で出会った奴らと本気で納得いくまで話し、笑い、喧嘩したいというのが根底にある。そして英語ができないというただそのことだけで、視線が日本にしか向かない、いや向けれないというのが自分の将来を小さくしている、可能性を激減させていると感じたのが大きい。
 日本は島国だから、英語を学ぶシステムがよくないから、めんどくさい、難しい、もう遅い、などなどそんなことはどうでもいい。もし少しでも、英語勉強した方がいいのかな、と感じるのであれば始めるべきだと思う。続けるべきだと思う。いつ何時、「くっそ、英語が話せれば!」と思わないとは限らない。そしてそれは結構な可能性で起こるんじゃないかと個人的には思っている。Let's get started!!

※英語できる人ごめんなさい。次は英語以外のことについて書くのでお楽しみに。





From
Circular Quay St.
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by SIX210 | 2013-02-10 16:45 | etc | Comments(0)
2号機の大幅進路変更で、
シンガポールからボストンに飛んで、
3月中には帰国予定らすぃ。
あはは!
「予定は未定」ってのはこのことだ。


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今日は初めて電車で天王寺に行きました。人が多くてビックリ!
わざわざ出て来てもらってKさんとお茶タイム。
小さなことを続けるだけ。
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by six210 | 2013-02-09 21:39 | Comments(0)
ノリノリとランチ。

彼女と話すのは無条件に楽しい♬
もともと、私の同業者は皆さん素晴らしくパワフルで美しく元気いっぱいなんだけど、
その全ての皆さんと胸襟を開いて話が出来るわけではない。

出会うタイミング、状況、精神状態、、、様々なもので変わってくる。

ノリノリとは磨きあって、
成長していきたいです(^-^)

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1枚しか撮ってなかった(¯―¯٥)
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by six210 | 2013-02-09 07:36 | Comments(0)
シンガポールから、
10日にはVietnam入りするそうです。

いよいよ「心配の種地方」へ向かう彼。
以前とは違って、「両親が行かない方がいいという場所へは行かない事にしようと思う」と。
心境の変化かな。
正直、少しホッとしています。
何処にいても、
何をしていても、
降りかかる災難を避けられないケースがあるのは事実でしょう。
でも、悪戯にリスクを背負い込むのは考えもの、、、ではないかと思ったりします。

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ヒッチハイクもしまーす
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by six210 | 2013-02-07 21:50 | Comments(0)